ひとえに親鸞 ひとりが為なりけり。

これは釈迦の万人に対する教えを親鸞が自分一人のためにあるのだと思い、一生懸命に勉強したことを言う。

つまり、講義などは自分一人のためにやってもらっていると思えば、一番前の席を陣取りあくびなどしている暇はない。

写真は昨年秋。鳥羽の牡蠣小屋に行った時に立ち寄った伊勢夫婦岩ドライブインでのにゃおばあちゃん